ネタ帳のススメ(創造的研究の秘訣?)追記

教授メッセージにようやく「ネタ帳のススメ(創造的研究の秘訣?)」を追記しました。

ネタ帳のススメ(創造的研究の秘訣?)

こうしたら創造的研究ができる、という秘訣があったら苦労しません(こっちが教えて欲しいです)。しかし、努力やトレーニングよって、成功する確率を上げることはできます。研究に限らず、成功を手にするために必要なステップは、5段階ほどあると思います。どうしたらそれぞれの段階で成功する確率を少しでも高めることができるのか、考えてみようと思います。

① 多くの場合、大きな成功は素晴らしい「思いつき」や「ひらめき」から始まることが多いでしょう。これは、我々の脳の無意識の世界が突如意識の世界に顔を出す瞬間とも言えます。我々研究者は、神が降りてくる、と例えて言うこともあります。しかし、努力によって無意識の世界をコントロールすることは容易ではありません。どうしたら素晴らしい思いつきやひらめきができるでしょうか。第一には、こんなことを実現したいという夢や、成功に対する渇望が必要だと思います。それなしに素晴らしい思いつきが湧き起こることはありません。しかし、常に机やベンチに向かっていれば素晴らしい思いつきができるという訳でもありません。むしろ、仕事から離れて少しリラックスしている時に神が降りてくることが多いです。古くから、良いアイデアを思いつく場所として「三上」というものが知られています。馬上・枕上・厠上(便所)のことです。私も通勤中(馬上)や寝室(枕上)でひらめくことが多いです。意識下で何が起こるとひらめきにつながるのかはよく分かりませんが、誰も思いつかないようなことを思いつこうと思ったら、広くアンテナを張って、一見関係のない知識を意識下にため込んでおくことも大事なのではないかと思います。唯一、努力で何とかなりそうなのは、他人と議論することです(ブレインストーミング)。他人の知識と化学反応を起こさせることで新しいひらめきにつながることがあります。

② 素晴らしいアイデアを思いついたのに、忘れてしまった、という経験は無いでしょうか?時々意識下から顔を見せる神は、多くの場合、数秒で消えてしまいます。これは作業記憶といって、そのままではシナプスには書き込まれないからです。思いつきを自分の財産(アイデア)とするには、これをまず消えない記憶へと移行させなければいけません。一番容易かつ確実なのはメモを残すことです。作業記憶である思いつきの99.9%は放っておくと消えてしまいますが、努力次第では9割を自分のアイデアの風呂敷へと移行させることも可能です。なので、ラボの人たちには、常々メモ帳を持ち歩くように、と言っています。メモを残す、という少しの努力でアイデアの風呂敷を広げることができ、ひいては成功する確率を10倍にも100倍にも高めることができるからです。これはお笑い芸人や作家、ミュージシャンもやっていると思います。

③ 私のネタ帳(20年余りで約40冊)にも何百、何千というアイデアが書かれていますが、後でよく考えると全然面白くなかったり、実現不可能だった、というものがほとんどです。また、一見面白そうでも、誰か既にやっているに違いない、というものも多いです。研究の遂行には大変な労力を払うのだから、勝ち目がないことや、リターンが少ないことはやらない方が良いです。利根川先生も「何をやるかよりも何をやらないかが大事」とおっしゃっていますが、その通りだと思います。坂野研時代も、アイデアのほとんどは「そんなんやってもオモんないやろ」と一蹴されました。しかし、いろんな角度から批判的に見て、それでもやるべきだと自分自身で確信したアイデアは、他人が何を言おうともやるべきです。他人が人生の責任をとってくれることはありません。それに、他人が否定的なアイデアほど、常識外れで面白いかも知れません。坂野先生は、「自分が正しいと思ったらボスを殺してでもやれ」という迷言を残しています。次に、やるべきアイデアについては、実行可能かつ具体的なアイデアへと膨らませていく必要があります。そこでは論理的思考と十分な下調べが必要になります。綿密な計画なし実行することはできません。ここでは、数学の証明のように複雑な思考が必要になりますので、必ず紙(orモニタ)に書き出して考える必要があります。頭の中だけで綿密な計画を立てることは不可能です。最終的にはアイデアを具体的な実験計画・プロトコルへと落としていきます。これは大学院で教育されるべきスキルの1つです(詳しくは「申請書の書き方」を参照)。

④ 具体的な計画を元に、手を動かしてデータを出します。本人の努力も重要ですが、困難を前にしてそれに屈しないだけの情熱と忍耐力も必要になります。実際、うまくいくことよりもうまく行かないことの方が圧倒的に多いので、初めのうちは心が折れます。坂野研の教えとして、「大学院教育の唯一の目的は地獄の釜の淵をのぞいてくることである」というものがありましたが、至言です。一度経験すると、地獄からゴールまでの距離感が少しは読めるようになって、徐々に己のメンタルのコントロールが利くようになります。とは言え、自分自身の努力だけでは如何ともしがたい場面も少なくありません。他人の手を借りる行動力や人脈も重要です。研究はどんな手段を使おうとも、やった者勝ちです。使える物全て(人間力)を駆使した総力戦なので、自分の殻にだけ籠もっていても良いことはありません。

⑤ どんなに努力したとしても、必ず成功できるとは限りません。最後に成功できるかどうかは運としか言いようがありません。但し、出てきた結果が最初の仮説と異なっていることは良くあります。むしろ、そういったときこそ大発見かもしれないので、予想外の結果が意味するところを見逃さない心の余裕を持ちたいものです。”Chance favors the prepared mind”とは、パスツールの言葉です。最初の仮説通りの結果が出てNatureやScienceに論文が出た、という話は、少なくとも身近では聞いたことがありません。仮説通りの結果が出てNatureに出たけど捏造だったという話なら知っています。

まとめると、①と⑤は限りなく神の世界で、③は大学院でのトレーニング次第、④は日々の苦しい修行次第、②だけは普段の心がけ次第、ということになります。なので成功したければ、まずはネタ帳を作ることを強く勧めます。