研究情報

【ゲノム解析を基盤とした病原細菌・常在菌・常在細菌叢の研究】

我々の研究室では、病原細菌・常在菌・常在細菌叢のゲノム解析を中心とした研究を進めてきました。次世代シーケンサの登場により、ゲノム解析を基盤とする細菌研究は、現在さらに大きく発展しつつあり、キャピラリーシーケンサの時代には考えられなかったような研究が可能となっています。我々も、これまでのゲノム解析の実績と経験、次世代シーケンサを自由に使える研究環境、バイオインフォマティクス系の研究者との緊密なネットワークなどを活かして、さらなる展開を目指しています。現在、以下の挙げるような3つの方向の研究を進めています。

1. 菌種やサブタイプ全体を網羅した大規模な比較ゲノム解析

細菌の場合は、同一菌種でも株が違うと大きく性状が異なることがよくあります。生化学的な性状だけでなく、病原性(病気を起こす能力で、惹起される疾患のタイプや重症度の違いとなって表れる)が明らかに異なることもあります。例えば、同じ大腸菌でも非病原性の株もあれば、腸管出血性大腸菌O157のように非常に重篤な病気を起こすものも存在します。さらに、O157の中にも重症化リスクの高い系統や株が存在します。こういった系統や株による性状の違いなどを、多数(数十から数千株)の分離株の全ゲノム解析とその比較から明らかにしようとするのが、この研究です。具体的には、

  1. 腸管出血性大腸菌O157(国内で分離される菌株の網羅的なゲノム解析によるO157、特に高病原性O157亜系統の進化・多様化様式の解析とその高病原性獲得メカニズムの解明)
  2. O157以外の腸管出血性大腸菌(O121, O145など)
  3. 腸管出血性大腸菌以外の病原性大腸菌(腸管侵入性大腸菌など)
  4. ヒトおよび動物由来の常在大腸菌(病原性大腸菌の出現・進化様式の解明を目指した常在大腸菌の大規模ゲノム解析)の他、日本紅斑熱リケッチを中心としたリケッチア属細菌、セラチア(S. marcescens)、非結核性抗酸菌などが、現在の解析対象となっています。

2. 院内感染疑い事例などを対象としたclinical sequencing

全ゲノム情報を用いた系統解析を行うことにより、全ゲノムレベルでたった数塩基しか違わないような菌株を識別できるため、超解像度分子疫学解析が可能となり、院内感染のような集団感染の感染源や伝搬経路の追跡が可能となります。同時に、集団感染の経過中に生じるゲノムの変化(非常に短い期間でのゲノム変化;例えば、抗菌薬の投与による薬剤耐性遺伝子の変化など)を解析することが出来ます。現在、この方向の研究としては、

  1.  黄色ブドウ球菌による市中集団感染事例
  2.  ヘリコバクター属細菌による院内感染疑い事例

の解析が進行中です。

3. ヒトや動物などに存在する微生物集団のメタゲノム解析

ヒトや動物の体内・体表には、多数の微生物種からなる常在菌叢が存在します。常在菌叢は、栄養素やエネルギの供給、感染防御、細胞・組織の分化発達など、様々な宿主機能に貢献しており、ヒトや動物などの宿主はこれらの微生物集団と共生関係(symbiosis)にあります。この共生関係の乱れ(dysbiosis)が様々な疾患の発症と関連する可能性が指摘され、現在、常在菌叢の研究には大きな注目が集まっています。一方、常在菌叢には多数の難培養菌が含まれるため、従来の培養を基本とした研究では、その全体像を知ることは非常に難しい状況にありました。しかし、次世代シーケンサを用いて集団のゲノムを丸ごと解析することにより、この問題をある程度解決することが可能となってきました。微生物集団のゲノム解析には、16S rRNA遺伝子をのみを使って集団の構成菌種を解析するメタ16S rRNA解析と、集団のゲノムDNAを丸ごとシーケンスするメタゲノム解析とがありますが、我々は他のグループに先駈け、これらの手法を取り入れ、ヒト腸内細菌叢のメタゲノム解析、ラット腸管の菌叢解析、溺死体内に存在する微生物菌叢の解析(法医学への応用)、環境中で共生体を形成する難培養菌の全ゲノム配列の決定などを行ってきました。現在、この方向の研究としては、

  1. 難培養菌の集団による動物疾患のメタゲノム解析(難培養菌のゲノム配列の決定と原因菌群の性状解析)
  2. 疾患モデル動物の腸内常在菌叢の解析
  3. ヒト生殖器に存在する常在菌叢の解析

などが進行中です。

【その他の研究】

ゲノム解析によって見出された新しい病原性関連因子やプラスミド・ファージ等の可動性遺伝因子の個別解析も進めています。また、ゲノム解析とは少し離れますが、環境中での病原微生物の動態や棲息部位の探索もこれから進めていく予定です。

【新学術領域研究『学術研究支援基盤形成・先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム』】を通じた幅広い微生物ゲノム研究支援活動について】

我々の研究室は、2010年度から2015年度にかけての6年間、新学術領域研究『生命科学系3分野支援活動・ゲノム研究分野支援活動』「(いわゆる「ゲノム支援」)の微生物ゲノム解析拠点として、国内の様々な微生物ゲノム研究(病原細菌から海洋細菌に至幅広い菌種、真菌などの真核微生物も含む)に対する幅広い支援活動を行ってきました。「ゲノム支援」の後継プロジェクトとして、2016年度から新学術領域研究『学術研究支援基盤形成・先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム』」が新たに発足しましたが、この「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム」おいても、支援拠点の一つとして、国内で行われている幅広い微生物ゲノム研究支援を行っていく予定です。この支援活動を通じて、医学系だけでなく、歯学・薬学・農学・理学・環境科学・工学などの分野の研究者との交流や共同研究を展開していきたいと考えています。

(文責:林)

【倫理関連情報】

1. 次世代シーケンサを用いた細菌 RNA 遺伝子の配列解析によるバイオプシー検体中の細菌の種類と組成に関する研究
2. ターゲットキャプチャーシーケンス法を用いた紅斑熱患者痂皮検体からの紅斑熱群リケッチアゲノム配列の取得とゲノム情報に基づく高精度分子疫学解析
3. 非結核性抗酸菌の分離地域による遺伝系統・形質の違いに関する研究


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