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研究内容 

はじめに

生物のからだは非常に複雑な形をしています。この形が出来上がるまでには、一個の受精卵が形づくりの過程を経ます。この形態形成のメカニズムに関しては、ポストゲノム時代に入ったいまでもよくわかっていません。
 当研究室では、分子生物学、実験発生学、先天異常学、細胞生物学等の実験的手法と、応用数学、理論物理学、数理生物学等の理論的手法、イメージングや画像処理などの計測手法など、様々な手段を用いて、生物の体の形づくりのメカニズムを解明する事を目標としています.

現状認識−発生生物学は終わりつつあるのか?

 発生生物学は幸運な学問で、前世紀(1900年代)に3度のブームを体験しています。一度目は Ernst Haeckel の「個体発生は系統発生を繰り返す」(実際には「進化的に新しい構造が発生の後期に出現する」というvon Baerの法則)と言うスローガンのもと、進化生物学との関連が騒がれた時期(いまのEvo-Devoのはしり).二度目はSpemannらの創始した、移植実験を主とした実験発生生物学(「誘導」という概念)、三度目は遺伝子改変動物を用いたいわゆる Developmental Biology の時代です。しかし、発生生物学は2000年以降、中年期に入ったとささやかれるようになってきました。ゲノムの解読が終わり、ノックアウトマウスも出そろって来ました。その結果、ある遺伝子が universal にいろいろな現象に効いている、という big story は出にくくなって、遺伝子のリストはできたけれど、結局何が起こっているのかよくわからない状態です。現在では皆が次に何をするべきかを模索していて、発生生物学自体の勢いが落ちているようにみえます。発生分野の leading journal である ”Development” のインパクトファクターが下降していっていたり、発生生物学の特定領域研究が採択されなかったり、発生生物学会の会員数が横這い状態になったりしているのもその現れに見えます。

 発生生物学は終焉に向かっているのでしょうか?我々はそうは考えません。前述の神秘的とも思える形づくりのメカニズムはまだ何もわかっていません。わかっていないものはきちんと理解すべきです。当研究室では、短期的なお金や人の流れとは別に、形づくりのメカニズムを腰を据えて追求していくことを目指しています。

形を作るメカニズムー応用数学や理論物理の立場から

 発生生物学はもともと裾野の広い分野で、周辺の様々な分野にインスピレーションを与え続けていました。たとえば、自発的パターン形成(もともと一様に見える分布から、周期構造が自発的に形成されるメカニズム)の大本となった Alan Turing の論文は発生現象にヒントを得ています。この研究をもとにして、反応拡散系のパターン形成に関する厖大な知見が応用数学の世界で蓄積されています。幸運な事に、この分野では日本の研究グループが世界をリードしています。この資産をうまく利用しない手はありません。我々は、これらの応用数学者と共同研究を行っており、形づくりのメカニズムをパターン形成の側面から解明する事を目指しています。また、生物の形づくりに関しては、物理の立場からそのメカニズムを考察する流れが日本に存在します。古くは寺田寅彦が随筆で様々な本質に迫る考察をしていますし、兵庫大学の本多久夫先生が古くから数多くの原理を考案しています。(本多先生自体があまり弟子を取らないので目立ちませんが、枝分かれ構造の形成メカニズムで universal に用いられている L-system を同時期に独自に発明したり、近年 上皮構造の形成で非常によく用いられる vertex model を創始したりと、世界に誇れる業績を残しています)。また、東京大学や京都大学の物理学教室の中の非線形科学、非平衡物理を扱っているグループは生命現象に関心を持っており、我々はこれらの領域の研究者とも協力関係にあります。

 現在、分子生物学の次に出てくる有力な手法として、生物学と数学の連携が注目されつつあり、CREST、 さきがけ、GCOEなどの大型のプロジェクトが新たに立ち上がっています。我々はこの流れに先駆けて、10年以上前から数理的な手法の生物現象への応用を行っており、融合研究のモデルケースとして注目されつつあります。

我々は何を知りたいのか?ー技術と理解

 前述の Developmental Biology を牽引して来たのは分子遺伝学的な技術です。従って、現在発生生物学でわかっている知見は実は mRNA レベルの事が多く、実際の蛋白がどういう挙動をしているかに関しては意外にわかっていません。例えば、morphogenと呼ばれる拡散性のシグナル因子が濃度勾配を作って形を作っている、と言うストーリーが1960年代に Lewis Wolpert によって提唱され、morphogen の分子実体も同定されつつあるのに、濃度勾配の可視化自体がほとんどできていません。

 現在、GFPテクノロジーを用いた一分子計測が盛んですが、実際には我々の知りたいことをダイレクトに計測する研究はあまり進んでいません。例えば、細胞外でのシグナル因子の拡散ダイナミクスを測る道具は現状ではほとんどありません(細胞膜上や細胞質内はphtobleaching でかなりいけるのですが…)。我々は、生物物理の分野で開発されているイメージング技術もうまく取り込んで、実際の生物の中で何が起こっているのかを解明する事を目指しています。

医学との関連−形と機能

 我々の研究室は医学研究科に属しています。上述の説明はあまりに学問寄りすぎて、「形を作るやり方がわかったからと言って、それで病気に苦しむ患者さんに何の助けになるのか?」という疑問は当然生じると思います。我々はこの問いに対して二つの答えを用意しています。

形づくりの原理の解明は、先天異常の形成メカニズムの解明につながる。

 新生児の数パーセントは、何らかの異常を持って生まれてきます。このような先天異常の原因は、遺伝的な因子や環境因子が複雑に絡み合っており、未だによく理解されていません。1960年代のサリドマイド堝のように、人為的な要因で大変な結果を引き起こす場合もあります(実は、なぜサリドマイドが四肢に得意的に障害を引き起こすのか、そのメカニズムは明らかになっていません。催奇形性以外では副作用の少ない薬なので、現在では治療薬として日本でも承認されています)。形態形成のメカニズムをきちんと理解する事で、これらの先天異常の頻度の減少や薬害の防止につながる事が期待できます。

形づくりのメカニズムの理解を通して、再生医療における組織構造の構築に貢献する

 現状ではiPS細胞をはじめとして、「必要な細胞をうまく作り出し、それを治療に役立てる」という分化誘導の側面がクローズアップされています。しかし、生物の体の中の細胞は、特定のルールで配列されて組織構造を作っています。この構造をうまく再現しないと、機能する器官は作れません。 現在、この目的に関しては、医用工学のグループがナノテクノロジーやマイクロファブリケーションの手法を使って、細胞の配列をデザインする手法を開発する、という流れが主流です.しかし、生物は、これらの構造を勝手に作り出します。メカニズムをきちんと理解していれば、このやり方をうまく使って、ハイテクに依存しなくても形づくりを勝手に誘導できると我々は考えています。 我々は、形づくりのメカニズムの理解は、最終的には機能を持った組織構造を作りだす際に必須であり、将来は再生医療の基幹技術の一つになると考えています。 現在われわれは、工学部のCRESTに参加する形で、形づくりのメカニズムの解明を医学応用に繋ぐ研究も行っています。

何でもあり!

長々と書きましたが、簡単にまとめると、生物の形づくりは難しい問題で、ゲノム情報の解明が進んだいまでも原理的な事はあまりわかっていません。こういう難しい問題には使える道具はすべて使って挑む必要があります。現状では発生生物学、応用数学、理論物理学、医工学を取り込んでいますが、その他にも、我々では想像もつかないようなかけ離れた分野の手法が将来的に重要になることも考えられます。発生生物学の知識自体はそれほど時間をかけずに習得できます(技術はもう少しかかりますが)。それよりも、独自の視点を持っているかどうかが重要になってくると思われます。 従って当研究室では、熱意を持った様々なバックグラウンドの研究者の参入を歓迎します。

研究テーマ

現在の主な研究テーマは次の通りです。

哺乳類胚におけるパターン形成の数理モデル化とその実験的検証

 脊椎動物の発生段階では、肺の枝分かれ,骨格の分節構造、頭蓋骨の縫合形成など、一見何もないところから秩序だった形ができてくる「自発的パターン形成現象」が数多く見られます。こうした複雑なパターン形成現象のメカニズムは、遺伝子の名称をリストアップしていくだけでは理解できません。我々は、現象をうまく定式化した数理モデルを作成し、形態形成の原理を理解しようと試みるとともに、そのモデルを実験的に検証するための様々な実験手法の開発を行っています。具体的に用いている実験系は以下の通りです。

  1. 1.四肢骨格の周期構造形成
  2. 2.肺の枝分かれ形成
  3. 3.頭蓋骨縫合線のパターン形成
  4. 4.内皮細胞による血管網のパターン形成
  5. 5.MDCK 細胞を用いた組織構造の自発的形成

臨床研究

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